「女性を探している?」

 

 ある日、俺の家を訊ねてきた男は軽い自己紹介ののち、そう言った。俺はなんでも屋だから来るもの拒まず的なアレがあるんだが……はて、どういうことだろうか。

 

「……つまり、どういうことでしょうか?」

 

「一週間前に合コンをしたんですよ」

 

 俺なんて合コンを誘う友達すらいねえよ。

 

 とは言えないから、一先ず表情を読まれないように頷く。

 

「それでね、いい女の子が居なかったといいますか。僕はあんまりそういうのが好きじゃなくて……すぐに帰っちゃったんですね。調子悪いとか嘘ついちゃって」

 

 女の子選べるだけマシだと思うんだ。うん。

 

「それで帰っていたら一人の女の子が怪我していたんですよ。平成の世の中だってのに、和服だったんですよ。いやぁ、可愛いのなんので!」

 

 この人は京都とかに行ったら可愛い可愛い言いまくるんだろうな。

 

「それで、助けてあげたんです。ちょうど絆創膏を持っていましてね、それを差し上げて傷のところに付けてあげました。そしたら、お名前だけでも聞かせてください、って言われまして。そりゃ、そんな美女に聞かれたら答えちゃうじゃないですか?」

 

 知らんよ。

 

「それで俺の名前をいったんですよ。安倍康奈って。僕ちょっと女性っぽい名前でそれでよくからかわれるんですけど、『いい名前ですね』って言ってくれたんですよ! これってもう恋ですよね!」

 

 ひどい被害妄想を抱えておりますな。心療内科で治療することをお薦めします。

 

「……なので、あの女性とまた会いたいんです!」

 

「解りました。……けれど、特徴くらいを知っておかないと……。名前とか解りませんか?」

 

「えーと……確か臙脂色の和服だったと思います。簪を差していたかなあ。赤系の色だったと思うけれど」

 

 ふむ。分かってはいたけど、特徴が少なすぎるな。

 

「……解りました。これだけでは情報が少なすぎますが、頑張って探します」

 

「あ……それと」

 

「……どうかしましたか?」

 

「一つだけ。……名前を言っていた気がします」

 

 それを先に言って欲しかったな。

 

「確か……名前は、葛葉とか言ってました」

 

「そうですか」

 

 それだけとなると、やっぱり探すのは難しそうだ。そう思いながら、俺は依頼人の背中を見送った。

 

 

 

 

「……ばっかだよね」

 

「そういえば碧さんさっきから笑っていたけど、なんで?」

 

 俺の隣にいた幽霊――碧さんはくつくつと笑っていた。今は俺だけにしか見えないという便利機能を使っているらしいがあの人にも見れるようになるのならきっと可愛い可愛い連呼するのだろう。

 

 俺の名前は、言い忘れていたが瀬谷理斗という。さっきも言ったとおりなんでも屋をやっている。

 

 なんでも屋というと色々語弊があるように見えるが、本当にいろんなことをやる。例えば家に住み着いた雪女を追い出したりもした。他にもいろいろあったがなんとなく忘れてしまいたいことだらけなので、忘れてしまうことにする。だから、今後絶対に聞かないでくれ。トラウマだらけなんだよ、この仕事って。報酬がよくなきゃやってらんねえなって思う。

 

 そんな俺のモノローグを他所に、碧さんの話は続く。

 

「だって、あの人が恋しているのは妖怪だよ。今ので確定した」

 

 ……妖怪だと? つまり、今のヒトは妖怪に知らずに恋をしたというのか?

 

 しかしそれでは厄介な気がする。

 

 何故か?

 

 説話とかを見れば解るんだが、こういう恋は叶うことはない。つまり、バッドエンドがある意味約束されたものだということだ。

 

 問題はそれを聞いて、依頼人が納得できるか? という話だ。

 

 誰が考えても答えはノーだ。

 

 恋ってのは(俺が語っていいものかは、この際考えないでおく)はいだめですかで済むものではない。ダメなら、それを乗り越えてしまう……そういうことが可能だということだ。実際にはそんなのは不可能で野球で言うところのツーアウト満塁サヨナラホームランくらいを打たないとダメな話なんだが、そんなことは今、考えないでおく。

 

「……で、どうするの?」

 

 そう、問題は山積みだ。

 

 例えば、妖怪を探すこと。

 

 いつ出てきてもおかしくない、逆に言えばいつ消えてもおかしくない妖怪をさがすなんて事は困難だ。寧ろ不可能に等しいと言っていいだろう。

 

「というか葛葉っていうのが厄介なんだよ」

 

「碧さん知ってるのか?」

 

「知っているさ。伊達に妖怪やってないよ」

 

「あんた幽霊でしょ……?」

 

 碧さんは本当に幽霊なのか。

 

 正直それすら疑うときだってある。

 

 だってさ。

 

 こんなことも言っているからな。「幽霊だけど、妖怪の友達も居るよ?」って。もしかしたら、碧さんはカミサマなんじゃねえかって思ったりするが、さすがにそれはないと思う。というかないと思いたい。

 

「葛葉ってのが、なんなのかはまず話さなきゃならないね。葛葉とは、有名なキツネさ。おっと、それでもただのキツネじゃないよ。妖狐だよ。カミサマの部類にも入るとても力の強いキツネさ」

 

 狐、か……。 狐って結構人間にちょっかいを与えている。なんでだろうな。

 

 そして、碧さんから葛葉について、語られた。その意味をまとめてみると、要はこういうことである。

 

 葛葉とは、安倍晴明とも関わりがあるとされている。

 

 人間と恋仲となった、数少ないケースだ。

 

 しかし、それはもっとも禁じられたモノ。カミはカミと、妖怪は妖怪と、人間は人間と、恋仲になるのが世の中の秩序というものだ。それが、守られていないのだから――。

 

 ……『悪いこと』が起きてもおかしくはない。

 

 結果、その恋は長く続くことはなかった。

 

 生まれた子供が五歳の時、彼女がキツネであることがバレてしまったのだ。そして、彼女は自ら住んでいた森へと戻っていく。

 

 その後安倍晴明は大きくなり、葛葉から貰った水晶と黄金の箱から当時の天皇の病気を治し安倍晴明は天文博士になった――とされている。

 

「……結局いい話じゃないか」

 

「そうかな? 考えても見てくれよ。そんなとんとんと話がうまくいくものかね?」

 

どういうことだ? と俺は首をひねった。

 

「この話は……あくまでもその一説にしか過ぎないんだよ。ほんとうの話はこれが嘘かと思うくらいのバッドエンドでさ。……それからかどうかは知らないけれど。葛葉がカミサマになったってのは」

 

 

つづく。