メモリー・オブ・ザ・サマー
「夏だー」
「海だー」
「水着だー」
「ちょっと待てどう考えたらそんな理屈にハッテンするんだい?!」
インキュベーター・矢代健吾はそんなことをつぶやいているのだった。だって、考えても見れば解る。なぜなら、矢代健吾以外、女子だからだ。
「ねーやしーろー。どーしたのー」
「そんな僕を心配する振りをして胸を押し付けるのはやめてくれないかな優菜」
「矢代健吾……殺す……」
「ちょっ、ちょっと待てって! 無表情でAK47をもたないで! 寧ろ恐ろしいし! てかなんで持ってきてるの?!」
「……護身用」篝は頷いて、「……優菜に何かあったら困るし」
「つまり僕には何があってもいいってことだね?!」
「ええ。当たり前でしょう?」
「いや、そんな笑顔で言われましても……」
……ところで、どうして、ここに来ているんだろうか? それはやしーろ本人に聞くことにしよう。
*
ある夏の暑い日。僕は学校にも行かないので適当にブラブラしていた。ほら、僕家ないし。何かあったら寺島鈴菜の家に寝泊りするから……いや、もしかしてそこが“家”なのかな?
まあ、そんなことはよくて。いつものように鈴菜の家でパンケーキの朝食を食べていた時だ。
「……ペンションで1泊2日?」
「そう。なんでも陽香の叔父さんがリゾートにペンションを持ってるらしくて。そこを2日間貸してもらえることになったの」
「ふうん。それで行くんだね」
「ええ。あなたもよ。やしーろ」
…………………はい?
「あら。どうしてそんなキョトンとしているの? 急がないと飛行機はあと2時間後には出発するのよ?」
「いや、急すぎるでしょ!! なんでったって。もうちょい猶予ってもんが必要じゃありません?!」
鈴菜という人間は無計画であまり人に自分の計画を話そうとはしないとは知ってるけどまさかここまでだとは!! 思わず僕はパンケーキをほおばり、噎せつつ、鈴菜の返事を待つ。
「あら。それなら大丈夫よ。だってやしーろ、3日分は愚か一週間分の着替えとかがここにあるじゃない?」
「まさか……」
「ええ。もうパッキング済み!」そう言って鈴菜はグーを出す。ああ、後光すら見えるけど、僕にはそれがフラグにしか見えないよ。
「ところで鈴菜、飛行機のチケットを見せてもらってもいいかい?」
「ん。ええ。いいけど?」
「……ありゃりゃー。やっぱフラグだったかー」
「えっ?! なに!? どういうこと!?」
「だってさ」
だって。ここにはそう書かれていたんだよ。
『チケット 9:50便』とね。
そんなことを口論していた、20分後には飛行機の離陸時刻が迫っていたのだ。
――この旅行、最初から悩まされるものがある。そう僕は思った。
*
結果から言おう。一時間二十分遅れだったよ。
「遅いーっ!!」
優菜に怒られてしまったけれど、まあ、しょうがないかな。
でも悪いのは僕じゃないんだよ? ……というか篝、いいかげんワルサーPPKの銃口を僕に向けるのをやめてくれないかな?
「やしーろ向こういったらおよごー」
なんだか優菜は優菜でそういうのはお構いなしなのか、ぎゅーぎゅーといろんな場所を僕の体にくっつけてくる。やめてくれ! 主に御行篝から氷柱の如き冷たい視線があたっているんだ!
「あなたが遅れたせいで私は時間を無駄に過ごすし、過ごしたら過ごしたで……矢代健吾に体を奪われる……」
「待って! その表現は誤解だよ!」
「誤解……どこが?」
御行篝は笑わないで無表情でこっちを見た。怖い。だからやめてくれ。
「……じゃあ撃ち抜く?」
「いや、そういう意味じゃないし!!」
「とりあえずいこっか。話が進みやしない」
「メタすぎるよ鈴菜……」
まあ、そういうわけで鈴菜にしたがって飛行機に乗るために搭乗ゲートへ向かった。
*
夏だー
海だー
「いや、その思考はおかしいよね?!」
「合ってると思うけど?」
「そして水着!! ビキニ!! それとも……ハイレグがよかった?」
「優菜のハイレグって……」
「コロス……矢代健吾コロス……」
「邪気強すぎないか?! 鬱憤溜まってるなら僕に掃き出さないでよ!!」
「あなたに掃き出さなくて誰に掃き出せばいいの?」
「僕は別にいいんだね……」
そんなこんなで、御行篝はワルサーPPKとAK47の二段持ちで僕に迫り走ってくる。
もう、死にたくないので、僕は走る。走る。
――まあ、こんな日常も、
少しは面白い。
そんなことを僕は思いながら、ひたすらと走るのだった。
おわり。