File:18

「……はぁはぁはぁ」
 ミックは乱れた息を直しながら、ロマの入った檻に近づいた。
 それを見て思わずロマは仰け反ってしまうのだが、すぐに姿勢を戻す。
「……大丈夫か?」
「えぇ。……敵は?」
「たぶん見えないから逃げたのか隠れたのか。まああいつも深手を負ったはず。そう簡単には逃げられない……」
 そこまで言って、ミックは倒れた。
「言わんこっちゃない」
 そう言ってエレーヌはキャスカを連れてミックの元にやってきた。
「もともと出血多量だったところを無理に動いたのだから……。貧血で倒れたのでしょう。キャスカ、包帯を傷口にまいてください」
「えぇ……。って、あなたは?」
「私は血液の流れを操り、傷口から血が出ないようにします。それで傷口を糸で塞ぎましょう。まさかこのスーツが壊れることに関しては大誤算と言ったところですが……」
「まあ、大丈夫でしょう。とりあえずキャスカ、できますね?」
 エレーヌがキャスカの名前を言って、睨み付けた。
 わかりました、とだけ言ってキャスカはエレーヌの言う通り、傷口を塞ぎ始めた。

「あれ? ところでガッツはどうしたのですか?」
 エレーヌは思い出したかのように尋ねる。
「ああ。彼なら夜風にあたってくる、と言っていましたが?」キャスカは糸を取り出しながら、言った。
「そうですか……できることなら個別行動はしてほしくないものですが……」
 エレーヌは不安げに、つぶやいた。




 そのころ、『窓のないビル』奥地。
「……まさか、ジョンがやられるとは……!!」
「正確には逃亡したものと思われますが」
 ラングレーは狼狽える男を抑えるように、言った。
「どちらも同じだ」
 男はただそれだけを言って、電話を手にとる。
「まさかこうなってしまうとは……!! まだ『究極の演算器』の設計図すら手に入っていないというのに……」
「でも、それはどこか別の国が使っていると聞きましたが。世界の全ての事象を予測し、演算する……。そんな機械が」
 ラングレーは机の上に置かれている資料を見つめて返した。
「……ラングレー。おまえ、あの国が滅びた訳を知らないだろう?」
 男は、笑って。
「?」
 彼女はただそれを聞いて男を見つめることしかできなかった。
「……機械はプロトタイプだったのだよ。だから100%成功じゃなかった。……そういえば宝物庫にある物品はどうするか」
「めんどくさいから壊しちまいますか? でも今までの苦労が水の泡ですねぇ。人類の起源、神の起源が書かれているとかいう『生命の樹の記録書[セフィロト・ログス]』とか、アダムとイブが食べたことによって楽園から追い出されたとされる『知恵の木の実[ウィスダム・チェリー]』とか。世間に晒されただけで、それこそ歴史が覆されるものばかりですが」
 それを聞いて男は少し黙った。
 そして、
「……とりあえず持って行けるものは持って行くとしよう。ラウナー。ノード博士から情報は得たか?」
「ええ」
 ラウナーと呼ばれた眼鏡をかけた男は答える。
「情報は三つでしたねー」
 なまけたような口調で話し始めて、
「先ずは新型IEMについてですが、こいつは設計図こそ覚えているものの、まだまだ改良せねばならないらしいですねー。次にIEMについての情報を流出してもらうことでしたが、こちらはダメなよーです。まぁ最初から期待はしてませんでしたがねー」
「余計なことはいい。結果だけ話せ」
「そうですねー。じゃあ最後に、」
 不自然な空きがあり。
「兵器開発、についてでしたが」
ラウナーはそれについて話し始めた。

 


 ガッツは通路を歩いていた。
 捜査をもかねているわけだが、全くと言っていいほど収穫がない。
「ベースキャンプに戻るか……」
 と、ふとガッツが後ろを振り返ろうとしたそのとき。
 見覚えのある人間がそばを通りかかった。
「……あれは、リレンス?」
 栗色の髪を風になびかせている少女。
 その名はリレンス。
 ガッツが傭兵としてゲノメット、と呼ばれる国にいたとき、出会った少女だ。
「おい、リレンスではないか?」
 ガッツは小さく叫ぶ。
 それを聞いて彼女は小さく肩を震わせ、振り返る。
 そして、ガッツの顔を見て、逃げ去っていく。
「ま、待ってくれ!!」
「なんだぁ? あんた、あいつに惚れてんの?」
 ふと、見るとリレンスの後ろに、男がいるのが見えた。
 男の背には、男の背に隠れきれないほど大きな剣。
「……あんたのそれも立派だねえ。おれはゲノメットの有名な剣士から手に入れたものだねえ。名前はなんて言ったかな。そうだ。グラン・ディランストとか言ったっけかなあ」
 その名前を聞いた瞬間、ガッツの顔に不自然な冷たい汗が吹き出した。
「貴様……。グラン・ディランストの剣、だと? なぜお前がそれを持っている……」
「あれ? あんた知らねーの? 3年前に、戦死したんだよ。そいつ。おれの手によってね?!」
 ズズン、と地面全体が震える音がした。
 それはガッツがIEMを用いて跳躍する音で、自分に抵抗するすべてのエネルギーを反射したガッツにとって、30mという距離なんか、一歩進んだ距離と同義だった。
「そん、な……っ!!」
 男は、気づいていたらガッツの大剣によって一閃されていた。
「な……!!」
 じゅぷっ、と腐ったトマトに爪楊枝を刺したような、音が廊下に響いた。
 男の上半身と下半身とで別れて、まっぷたつとなった。
 リレンスはそれを見て、気絶したのだろうか、その場に崩れた。
 ガッツはそれを見て、男から剣を回収して、一言。
「幸せになれ。リレンス」
と。


【行間】

 暗闇の部屋の中、彼は佇んでいた。椅子に座って、両手を紐で縛られて。
 彼は世界的な研究者だった。彼は世界にとって、崇められるようなそんな研究者だった。
 でも、彼は思う。
 そんな“くだらないこと”のために研究をしているのではない、と。
 彼は笑う。
 ただ私は救いたかっただけなのだ。その時に救えなかったものを今度こそ救うために。
 彼は誓った。
 もう人を犠牲になんてさせない、と。
 しかし。
 彼の願いは、果たされることなく。
 とある研究者が開発したとある装置。
 それは彼の願いの結晶だった。
 それは“彼ら”が作り上げたものだった。
 これさえあれば世界は救える。彼女もそれを願ってる。
 研究者はそう考えた。
 でも、違った。
 確かにそれはエネルギー問題を解決した。世界を救った、ということにはなる。
 でも、でも。
 その装置が軍事に転用されてしまった。古くからある『魔法』の起爆剤となってしまった。
 彼はとある人間の言葉を思い出す。この装置を作る際に国の役人が言った言葉。
 『この装置は世界を変える』
 なるほど。たしかにバルハイム公国はこの装置によってあらゆる問題を解消し、潤ったことだろう。
 しかし、その連中はあろうことか彼の娘を足枷として技術の公言を反対したのだ。
 彼は、再び思う。
 ただ私は世界を救いたかったのだ。変えたかったのだ。あらゆる問題で苦しむこの世界を。ただ、変えたかった。その一心で。
 彼は嘆く。
 なぜ私はこんなにも素晴らしい研究を完成させたのに全世界に技術が伝えられないのか! 彼女もきっと嘆いている。それが出来ないことに。私が苦しんでいることに!
 彼は、独房で一人悩む。
 そして決意する。
 あるひとつの、“誰かを守るための大きな決意”を――。



「兵器開発についてでしたが、これは承るということですねー」
 ラウナーの発言に男とラングレーが驚いたような表情を見せた。
「そ、それは、本当か?」

「はい。確かにはっきりノード氏の口から聞きました」
「……なるほど」
「そうそう。なんか兵器の試作品とやらをもらったのですがー」
 ラウナーはポケットからごそごそと何かを取り出す。
 ラウナーが取り出したのはIEM……のような正方形のなにか。
「これは……なんだ?」
「さー? 私にもわかりませんがねー。とりあえずもらってはきたのですがー」
「そうかそうか。とりあえずそれをもっとよく私に見せてくれたまえ」
 男が急かす。ラウナーは仕方無さげにその箱を渡した、
 そのときだった。
 箱から閃光が溢れだし、大きな爆発が男たちを襲った。



 

 

 

 ガッツが戻った頃にはすでにミックの治療も終わっていたようで、ロマと世間話をしていた。
 ガッツはそれを見て、すこし微笑みながら、ふと自分が来た廊下の方を見やると。
 強烈なエネルギーが、ミックたちを襲ってきた。
「ぬわっ!! なんだこれは……!! よけきれない……!!」
 ロマがあたふたしていると、
「俺が守る!! 隊長補佐官は隊長と副隊長とで後方支援を!!」
「わかったわ。お願い!!」
 刹那、
 ドバゴゴゴゴゴゴ!! とエネルギーの塊が続々とガッツ含めミックたちに襲いかかってきた。
 ガッツは急いで剣を使って楯とした。
「うおっ……!! エネルギーがっ……、巨大すぎる……!!」
 ガッツは鉄の塊のような剣でエネルギーを受け止める。
 それを後ろでミックとエレーヌとロマが後方支援、というかんじだ。

 しばらくして、それはおさまった。
「やれやれ。一安心、といったところだな」
 ガッツは剣をチェックしながら、言った。
「…… しかし、まあ、なんだったんだ。あの爆発は」
 ミックがよろよろと立ち上がり、言った。
「なっ……!! まだ丈夫じゃないんだからあんま動くなっ!!」

 それを華麗に阻止するロマ。
「と言われてもさ……。やっぱり、足手まといになっちゃうからね……。それに、もう、傷も大丈夫さ」
「だからといってもねぇ……」
 世間話をしている二人にエレーヌは話しかける。
「静かにっ」
「……どうした?」
「前から誰かがやってきます……」
「……誰だっ」
 ミックがちからなく叫ぶ。
 そして、ようやくその姿がミックたちにも見えるようになった。
 そこにいたのは、
 ノード博士だった。




 場所は変わり、とある会議場。
 真っ暗な空間に机と椅子がひとつ、という会議場には似つかわしい風景ではあった。
「会議はまだ始まらないのかね?」
 その椅子には一人の男が座っていた。
 国防大臣、レオン・アルティモス。
 国の『軍事』を司る、総大将。
「……まず案件から言わせてもらうが」
 ボワン、と不気味な音を立てて、なにかが浮かび上がる。
 それは、壁。しかし壁も部屋自体も真っ暗なので完全に同化しているのだが。
「今回のブラッド・サースティーの事件、どう責任をとるつもりかね?」

 壁から声が響いた。
「……どうせ、私が辞めても『計画』は実行されるのでしょう?」
「左様。ただメインプラン048からメインプラン219に変更するだけだ。滞りなく、な」
「全てはセフィロトのため……ですか」レオンはすこし苛立ちを感じつつ、言った。
「……人間は、いつかは滅ばねばならぬ。しかし、滅んだあとの世界を誰が統べる? 誰が? “神”はどうなる? アダムとイブは? そのために我々はコマを用意してきたのだから」
 また、別の壁が出現し、そんなことが交わされる。
「……ミック・サフレス。彼に『計画』が実行出来るとお思いですか。議長」
 レオンは思わず立ち上がって言った。
「むろん、出来ない可能性もあるだろう。その場合には別の人間を立てるしかない。そのためのあの部隊だ」
「……全てはシナリオどおり、ってことですか」
「まあ、そういうことだ」
 壁から出る声は笑っているようにも聞こえた。
「……ところで、レオンくん。『ビルコ』とやらはどうした?」
「命令通り、誘拐しました。現在は『セフィロト』本部に向かっているころでしょうよ」
 思わず、今までの口調を投げ棄てた。
「そうか。あいつだけは、我々のシナリオでは起こり得ない、いわば『不安要素』だ。では頼むぞ。全てはセフィロトのために」
 そう言って、壁は消えた。
「……全てはセフィロトのために、か……」
 レオンはさっき、壁から聞こえた声を繰り返し言っていた。

Fin.
to be continued by File:19.
2011/09/07