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 バルハイム公国では、4年と言う短い間に2度、世界を揺るがす出来事が起こった。
 公暦2037年。
 ノード・カーペンター博士が、“2つの物体の衝突における、衝突前の近づく速さに対する、衝突後の遠ざかる速さの比”である反発係数を、任意の値に変更できる物質を発明。
 ノード博士はこれを、『可変弾性衝突』と名付けた。
 今まで、反発係数が“1”を越える物体の組み合わせ、つまり衝突前の速度よりも衝突後の速度が大きい物は、この世には存在しないとされていた。
 しかし、その常識を打ち破った発明は、いとも簡単に反発係数が1以上になり、永遠に運動エネルギーが上昇する物体として、化石燃料の枯渇によるエネルギー問題解決に希望の光を差し入れた。
 公暦2041年7月。
 ノード博士率いる研究チームが、可変弾性衝突によって発生する運動エネルギー量をコンピューター制御する、『永久エネルギー機関』を開発。
 これにより、燃料を必要としないにもかかわらず安定供給ができ、経済的で自然環境にも良い発電機を可能とした。
 それを受けて、同盟国であるレイロード共和国を筆頭に各国が永久エネルギー機関の情報開示を要求するも、バルハイムは断固としてこれを拒否。
 好戦国であるオースタン共和国が、嫌悪感をあらわにした。
 そして、現在。2041年11月17日日曜日、午後1時27分。3度目の出来事が起こってしまった……



『緊急事態発生! 所属不明のヘリコプターが一機、西部国境線を越え領空内に侵入しました! 速度は約時速600km。ありえないスピードで首都に接近しています!!』
「くそっ、国境警備はどうなっている!! この際何でもいい、首都に着く前に打ち落とせ!」
『しかし大臣…… 我が軍にあの速度に追いつける航空機は存在しません…… 後5分で首都ブノー上空です』
「国境から100kmしかないから、か…… しかたあるまい、全軍に対航空装備レベル5を許可する。敵の目的はおそらくエネルギー研究所だ。そこを重点的に兵を配備しろ!」
『Yes,sir!』
 数十分の時が流れ、大臣室に再び無線が通じる。
『敵ヘリは国立エネルギー研究所上空で停止。先ほど、数名が研究所に投下されました!』
「やはり狙いはそこか…… ヘリは打ち落とせたのか?!」
『それが…… 弾一つ当たりません。かえって、こちらのヘリが13機撃墜されました……』
「なんだと…… そんな芸当ができるのか?…… 首都真っ只中だぞ」
『伝令! 先ほど投下されたと思われる人物が建物の外に出てきました。内一人が、研究者と見られる誰かを抱えています』
「まさか…… 誰だ! その研究者は!!」
『……ノード博士です。ノード・カーペンター博士です!』
「そんな…… こんなことが……」
『なんだ!? 今のは!! 人がジャンプだけでヘリに乗り込むだと!?』
「それは本当かね?!」
『はい。たしかに人間が、上空のヘリにジャンプしただけで乗り込みました。ロープ等は全く見当たりません』
「魔法、か……」
『魔法?! そんなものがこの世にあるわけ…… 敵ヘリが逃走を開始しました。先ほどの方向、リスタル王国の方へ飛び去ってゆきます!!』
「もう良い、発砲はするな。ノード博士が乗っている。すぐ、リスタルに許可を取って追え。それまではレーダーおよび衛星写真を使って追跡だ」
『Yes,sir.』
 無線機を切って、ふぅ、と背もたれに体を預ける。
 そして、誰もいない大臣室で独りつぶやいた。
「これが、傭兵集団の実力か……」
 敵ヘリコプターが現れてから、まだ1時間しか経っていなかった。



  †



 あの首都襲撃事件から、約3週間が経過した。
 ミック・サフレスは大学から帰ってきて、早速机に向かっていた。
 彼は首都ブノーの国立大学医学部に所属している。
 国内屈指の学力を誇る大学で、成績優秀である秘訣は、この勤勉さからきているのかもしれない。
「ミック、お客さんが来てるわよ」
 眼鏡の位置を直していると、一階からそんな声が聞こえてきた。
「わかった、すぐ行く」
 そう返事をすると、ペン立てに鉛筆を戻して部屋を出る。
(誰が来たんだ? 今日は誰とも約束してないはずだけど……)
 トントントン、と階段を下りて玄関に着くと、そこには見慣れない女の子が立っていた。
 長いブロンドの髪が腰の辺りまで伸びていて、特徴的な青色のロングスカートをはいている。
 全体的に古風な感じで、この格好のまま舞踏会に行っても、なんら遜色の無い服装だった。
 年は、自分と同じくらいに見える。
 自分に用があるらしい彼女に、ミックは話しかけた。
「あの、僕になんの御用で?」
「はじめまして。私、エレーヌ・マーベラスと申しますわ。貴方に政府からの召集令状を渡しに来ましたの」
 そういって、はがきサイズの紙切れをミックに手渡す。
 その紙にはこう書かれていた。
“貴公、ミック・サフレスを魔導第0部隊隊長に任命する。至急、国防省庁舎まで来られたし”
「それでは、一緒に行きましょう」
 背を向けて外に出たエレーヌに、ミックは慌てて付いていった。
FILE:01 FIN.

TO BE CONTINUED BY FILE:02

2011/3/26
WRITTEN BY yassyro